2007年06月19日

もう何年も日本人横綱がいない件

全勝で横綱昇進をものにした白鵬関よ! 一つ負けたらその後ズルズルと負け続けた某横綱よ! 大関止まりでなかなか横綱になれない日本人力士たちよ! 今一度日本の国技たる相撲を見つめ直すがよかろう。

まったくもって日本人力士の面々には不甲斐なさを感じる。国技たるもののトップを外国人に独占されてどうする。確かに、昔のようにパワーだけの外国人ではなく、モンゴル相撲を極めた者たちであるから、事情は違うかもしれぬ。だが、情けない限りである。

拙僧などはその昔、西国の某大名に召抱えられ、大関にまで登りつめたほどの強者であり、我が尊敬する老師などは天皇の御前で力比べをし、相手を蹴り殺したほどの猛者であり、その力比べが相撲の起源だといわれておる。そのような心意気がないようであれば、なかなか日本人が横綱になるのは難しかろう。

そうはあっても、拙僧をはじめとして、日本人は日本人の横綱を望んでおる。昔ほど相撲が盛り上がっていないのも、日本人の横綱がいないからであろう。強い日本人横綱が誕生し、外国人横綱とガチンコで勝負をするようになれば、自ずと人気は回復するであろう。横綱には、「心・技・体」が必要だというが、「心」が備わっていない外国人横綱などもうたくさんである。

しかしながら、現状では「心」が「体」に抑えられておる。場所中に取組で負けてしまい、出稽古のときに「かわいがる」と称してその対戦相手を負傷させてしまう横綱など言語道断である。横綱であれば相撲界全体のことを考え、たとえ負けた相手であっても、ますます強くなるように稽古をつけるべきである。

つまり、相撲甚句集第128番に曰く、「かわいい子にはイタズラしたい」であり、かわいがる相手にはついイタズラしたくなるものであって、土俵の上では相手のマワシを取ってモロ出しにしたり、土俵の外では妙齢の婦女子にワイセツな夜の取組をして当局のお世話になるのであり、結局は全く「心」が備わっていないのであって、やはり今回もズブズブに間違っており、CSで大相撲チャンネルを立ち上げ、デーモン小暮閣下をレギュラー解説に迎え、全取組を自主放送とす。
posted by 鵜米坊食中 at 07:58| Comment(14) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月20日

一攫千金を夢見る人たちの過度な熱狂の件

【参考記事】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070520-00000010-mai-spo

さしてサッカーに興味がないにもかかわらず、あわててスポーツ新聞を買ってしまいがちな若人よ! 締め切り寸前にBIGを買おうとしてコンビニに行ったところ、取り扱い中止をしており愕然としてしまうニートたちよ! 6億が当たるのを妄想して仕事に手がつかないリーマンたちよ! もっと冷静になるがよい。

大体教育をつかさどる文部科学省が胴元というのが気に食わぬ。いくらスポーツ振興という大義があるとはいえ、どれだけスポーツ振興に金が回っているであろうか。単に天下り先が作りたかっただけではなかろうか。本当に金が回っておれば、もう少し世界に通用する選手がたくさん出てきそうな気はする。

我が寺でも本堂修復の勧進と称して富くじを販売しておったこともあったが、我が尊敬する老師がその売り上げを持って夜の街へ繰り出すという事件があったため、現在は取りやめておる。結局は本堂は修復されぬまま、現在も雨漏りが続いておる。肝心の老師は何故か毎日ツヤツヤである。

人間誰しも一攫千金を夢見るものである。特に、一人で6億が独り占めできるとすれば妄想も膨らもう。拙僧なども6億があるとすれば、本堂の修復や庫裏の新築、新道場の建設、抱き枕やフィギュアの購入など夢は広がる。まあ、夢を見るだけなら出家をした拙僧でも許されよう。それほど一攫千金というものは楽しいものである。

余った金を使ってちょっと夢を買うぐらいの感覚であれば、日常生活に支障が出ることはなかろう。このようなくじは1等を当てようと思っても何百万分の一の確率である。必ず当たると確信して、借金をしてまでくじを買うというのは本末転倒である。

つまり、「捕らぬタヌキの皮あまり」であり、せっかくタヌキを捕まえて皮を売ったところ、問屋で在庫が余りまくっていて売れないのであって、そうこうしている内に自分の大事なところの皮が余ってくるものであり、雑誌の裏表紙に載っている「レーザー治療で痛みも無く、数分でOK」などという広告にお世話になりがちになるのであって、何が何だかさっぱりわからぬ故、余った皮で皮財布作成とす。
posted by 鵜米坊食中 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

大型連休が終わり人々のやる気が出ない件

過ぎ去った黄金週間を思い出してはため息ばかりついているヤングメンよ! 連休とは言いながら家族サービスに追われ、ちっとも休んだ気がしないリーマンたちよ! 田植えシーズン真っ只中の農家の人々よ! 黄金週間は過ぎ去った幻だということを思い知るがよい。

今年は前半が3連休、後半が4連休となかなかまとまった連休であった。拙僧もこの機会を逃さず東下りをし、おのぼりさんになっていたのだが、副業農業をしておるため、後半2日は田んぼで馬車馬のように働いておった。だから、種馬のように働いているのではないと言っておろうが、この痴れ者め! 我が尊敬する老師などは、1日、2日に有給を取られ9連休とし、某北の国に潜入して軍事パレードに参加している始末。隙を見て某将軍様を暗殺しようとされたようだが、行進が楽しくなってみすみす好機を逃してしまう体たらくである。

そのように連休を満喫したおかげで、拙僧たちは連休明けから元気よく働いておる。はじめは「5月病だ〜、かったり〜」と言っておった小坊主さんたちも、拙僧の喝で目が覚めたようである。相変わらず附子を舐めては寺の宝を壊しておる。そのような困ったことがあっても、未だにやる気の出ない輩よりは何倍もマシである。連休が終わったことを落胆するよりも、連休の思い出を胸に今日も生きていけばよいのである。

連休中あれをやっていればよかった、これをやりたかったなどと後から思いついても何にもならぬ。そのように後悔しても、「後のまつろわぬもの」であり、後悔している人の後ろにはまつろわぬ奇奇怪怪の輩が出現しがちであって、そのようなものを放っておいては次第にダークサイドに傾きがちであり、後悔を止めて前向きに生きていこうと思えば、そのまつろわぬものは次第に消滅するのであって、故意に間違えたつもりが、何だか正しくなっているような感じであり、複雑な気分とす。
posted by 鵜米坊食中 at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月25日

新年度が始まり3週間が過ぎた件

入社したばかりなのに、自分の思っていた環境とまるで違い、嫌になってもうすでに辞めたがっている若人よ! 新入社員のあまりの出来の悪さに、採用した自分を悔やんでいる人事担当者よ! まだ3週間しか経っていないのに、早くも諦めてどうする。

3月に別れを迎えたかと思えば、4月には新しい出会いがある。まっこと春は忙しい季節である。中には送別会・歓迎会の連続で、懐具合を傷めている方もたくさんおろう。そういった会合にはできるだけ参加したいものだが、時には懐と肝臓を休めるのも必要である。

我が寺にもこの春小坊主さんたちが見習いに来たわけであるが、まだまだやんちゃし放題な年頃である。ある日、拙僧が小坊主さんたちに「部屋の中に附子(ぶす)が入った壷があるから近づかないように」と言って出かけ、その後寺に帰ってみると、部屋の中が荒れており、我が寺に代々伝わる秘蔵のフィギュアや抱き枕などが壊されておった。小坊主さんたちに尋ねたところ、「宝物を壊してしまったので死のうと思って附子を食べたが死ねない」と言う始末。また、我が尊敬する老師などは、すでに友達感覚であり、思い切りタメ口で話されておる。嘆かわしい上、分かりにくいエピソードで申し訳ない。

しかしながら、新しい人が来るというのは環境が変わって、以前からおる者にとっては楽しいものであり、新しく来た人には早く慣れてほしいものである。しかし、慣れるためにはその環境でのしきたりや慣習に、往々にして従わなければならぬこともある。

つまり、「郷に入っては郷ひろみに従え」であり、芸能界に入るからにはアチチなダディの郷ひろみの言うことには絶対服従であって、またもや海外の歌手のカバー曲を歌うのであり、それも大ヒット間違いなしと思いきや大ゴケであって、やはり拙僧年度始めから大間違いであり、一足早く5月病発症とす。
posted by 鵜米坊食中 at 17:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

某大臣の光熱水費疑惑の件

参考記事
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070309-00000017-maip-pol

光熱水費に年間500万円以上も使ってしまう某衆議院議員事務所よ! 弁解に事欠いて「誰も水道水なんか飲んでない」などと言っちゃう某大臣よ! そんな某大臣を生温かく擁護する某総理大臣よ! 仲良しごっこでのちのち苦しむがよい。

このような疑惑満載仲良し内閣を戴く日本国民は不幸である。先の郵政解散後の総選挙で自民を選んだ国民にも責任があるとは思うが、あまりにも問題が多すぎる。拙僧などはせっかく変人が総理大臣を辞めて喜んでおったが、今の総理大臣も相当人を見る目がないので気が滅入っておる。察するところ、仲良しばかり集めて、誰も反対意見を言う者がいないのであろう。今の内閣は全体的に影が薄いように思う。先代の内閣は評価はしておらぬが、個性だけは強かったように思う。

さて、件の某大臣の話に戻すが、光熱水費が一切かからない議員会館で500万円以上光熱水費を計上するというのは異常な話である。いくら「なんとか還元水」を作る装置を設置しても、また、暖房を効かせたとしてもそこまでかかるまい。普通に考えてもその5分の1で抑えられるのではないか。庶民感覚で考えれば、やはり何か裏があるように思えてならない。

弁解に窮すると「誰も水道水なんか飲まない」などと言う始末。それが水の源である森林を管轄する大臣の言葉かと問い詰めたい。そのようなふざけた発言をする大臣に森林行政を担当してもらいたくない。さっさと自主的に退場すべきであろう。または、総理大臣が罷免すべきである(仲良し晋ちゃんにはできないであろうが)。

真に国民のためを思い、能力があり、結果を残していれば、多少私生活にだらしなかったり、変人であったとしても、さして問題はない。しかし、この某大臣は、自分の地位を守るために嘘を塗り固めたようなことばかりしておる。盗人猛々しく「これからも大臣として責任を果たしたい」などと言っておるが、早々に辞めてもらうことが一番国民のためになる。辞めれば国会審議でも無駄な時間を使わずに済むであろう。

国政に携わる者はわずかな疑念も人に持たれてはならぬし、もし人に疑念を持たれたら、その疑惑を晴らすために説明責任を果たさなければならぬ。某大臣のように「法律に規定されていないから」と言って内訳を公開しないばかりか、自分の主観で「適切に処理されている」と繰り返すなど言語道断である。何もやましい所がないのであれば、いくらでも公開できるであろう。客観的な資料があって初めて判断できるのである。それをしないということは、この疑惑については推して知るべしである。

昔の中国の人も言っているように、「おでんに靴を入れず」であり、何も食べるものがない時は、往々にして革靴をおでんの中に入れがちであって、いざ入れる寸前になって某喜劇王から「不味いから入れちゃダメ」と言われて阻止されるのであり、その味を知るのは某喜劇王だけなのであって、何をどうしても間違っており、「すももの木の下で冠を直す会」結成とす。
posted by 鵜米坊食中 at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

野球人気低迷の件

ついに地上波で中日優勝の瞬間を中継しなかった民法各局よ! 手のひらを返したかのように野球中継を毛嫌いするスポンサー各社よ! 野球人気の凋落は諸君らのせいであることを今一度考えるがよい!

グラウンドの上に立てば、えこ贔屓が許されないのは当然のことである。しかしながら、バカマスコミどもはとある某球団をえこ贔屓し、偏重報道をした結果、全国放送ではその某球団の試合中継しか行われず、ニュースもその球団がメインで、あとの球団はほんの少しの時間しか割かれなかった。

また、プロを目指す選手たちは有名になりたいがためその球団に入団することを目指し、戦力の偏りや年俸の高騰が起こってしまった。金のない球団などはその年俸の高騰に耐えられず、有力な選手を手放してしまう結果となり、その結果戦力の不均衡が野球人気の低迷に拍車をかけたのである。

さすがNHKだけは昨日の中日の優勝が決まるまでは約1週間中日の試合を衛星放送で放送し続けた。この姿勢は立派である。また、NHKの中継は放送に余計な演出もなく、片方のチームに贔屓するような実況や解説をしないのも好感が持てる。某日テレに至っては最悪である。民法各局も人気が低迷しているからといって余計な演出はせず、NHKの姿勢を見習って公正な放送を心がけてもらいたいものである。はっきり言って、番組宣伝の芸能人など必要ない。

最近は地上波だけでなく、CSやインターネットもあるため、全く自分の好きなチームの試合経過がわからないということはなくなった。とはいえ、やはりちゃんとした中継をリアルタイムで見たいというのが人情である。某球団の中継を3分の1ぐらいに減らして、他球団の試合を増やしたほうが、野球人気回復のためにはよい手段ではないだろうか。

拙僧としても真剣に勝負をしている姿を見たいものである。芸能人崩れのような解説者や余計な演出は必要ないのである。スポーツというものはシナリオがないのだから面白いのであり、今のようなバラエティ番組のような中継では近い将来本当に野球中継はなくなってしまうであろう。

これから野球人気を回復するためには、本当の野球好きを育てるような中継を目指すべきである。間違って一度に人気を回復させるために万人受けを目指すのではなく、ゆっくり回復させていけばいいのである。野球協約第256条に曰く、「急がばマワシ」であり、こうして野球人気が低迷している時にこそ、急がずあわてずマワシを締めて相撲を取るのが肝心であって、逆に相撲人気のほうが先に回復するのであり、より一層野球人気が低迷しがちであって、この際野球も両国国技館でやるかという結論になるのであり、相変わらず拙僧は妄想100%であって、相撲VS野球の夢の異種格闘技戦のプロモーターとして暗躍とす。
posted by 鵜米坊食中 at 16:41| Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

核実験をする北の国の件

糖尿病で重病説が流れているかと思ったら、不意に地下核実験を行ってしまう北の将軍よ! その実験もテポドンの発射も失敗で片付けようとする米の国よ! 結局北の眼中に入っておらぬ日の本の首脳たちよ! もっと状況を深刻に考えるがよかろう。

まったくもって開き直った瀬戸際外交など言語道断である。そのような外交手法がまかり通るようであると、そのような国ばかりが得をするのであり、真面目な国が損をするのは明白である。これは外交の手法ではなく、一種のテロである。相手を脅して要求を飲まそうとするなど、盗人猛々しいにもほどがある。中東の、産油国の侵略ばかり考えておる某ブッシュにはもっと極東アジアに関心を持ってほしいものである。はっきり言って、中東のヒゲオヤジより、北の将軍の方が何倍も危険である。

前述のように、中東には石油があり侵略するメリットが多く、北の某国には何もないのでメリットはほとんどない。しかも、背後に中華主義の大国があるので余計にやりにくいのであろう。しかしながら、はっきり言って今回の核実験は全世界に対し平和を乱す罪である。東京裁判でいうところのいわゆるA級戦犯である。即刻裁判を受けさせるべきであろう。「世界の警察」を自負する米の国にとってはたやすいことであろう。少なくともイラク侵攻よりは各国の賛同を得られるのではないか。

米の国はミサイルの時にしても、今回の核実験にしても失敗だといっておる。確かに技術力は先進各国に比べて低いであろう。ただ、それを侮っておると思わぬしっぺ返しを食らうであろう。太平洋戦争初頭のゼロ戦(零式戦闘機)のような事態になってからでは遅いのである。そのためには有事に対する備えと敵の戦力を正確に認識する情報力が必要である。

つまり明治維新の頃より、「備えあればうれしいな」であり、敵に備えればそれだけでうれしくなってくるものであって、中にはうれしすぎて泣いてしまうのであり、実際に何を備えたかといえば日本国民全員分の竹槍であって、結局は何の備えにもなっていないのであり、予定通り今回も間違えており、竹槍をもって北緯38度線突破とす。
posted by 鵜米坊食中 at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月29日

マスコミによる人権侵害の件

人の不幸やプライベートをネタに飯を喰っておるマスコミ(特に芸能リポーター)どもよ! 「恐縮です」と言いつつ全く恐縮しておらぬ某梨○勝よ! 諸君らは全くもって不要な存在であると思い知るがよい。

先日某コリン星より来ている某アイドルの熱愛が発覚し、その翌日そのアイドルが出席した製品の発表会での会見が打ち切りになった件である。その会見はプライベートに関する質問は禁止であるというにもかかわらず、件の芸能リポーターたちは寄ってたかってそのような質問をしようとするのである。会見が打ち切りになるのも当然である。あまつさえ、その打ち切りの仕方が気に入らないといって、その会見後のリポーターの楽屋話(その実、談合である)を公共の電波で流したり、某アイドル側が何も言わないのをいいことに翌日の朝の番組で自分たちを正当化するなど言語道断である。

拙僧自身そのアイドルには全くもって興味はないのであるが、そのマスコミのバカっぷりにほとほと嫌気がさしたのである。さすが日本を代表するジャーナリストの面々である。日本が三流ジャーナリズムの国であることを如実に表わしておる。

日本のバカマスコミどもは、「視聴者が望んでいるから」とか、「報道の自由がある」とか言って他人のプライベートに土足で踏み込み、洗いざらい暴露した挙句、嘘で塗り固め面白おかしく報道するのである。実際には視聴者にとってどうでもよいことであり、もっと報道すべきことは他にたくさんあるにもかかわらずこの体たらくである。自分がそのような立場になった時のことを考えてないからであろう。諸君らには、我が尊敬する長渕剛の名曲『豚(BUTA)』を聞き、すでに手遅れであるが猛省を促すものである。いくら相手が誰もが知っている有名人であっても、その人のプライベートを侵害する権利はないし、してはならぬ。自分が嫌だと思うことは、人も嫌だと思うものであり、その気持ちをもって取材をすべきである。

噂というものは、一時的に話題になったとしても、すぐに新しい話題にとって変わられ、次第に忘れられていくものである。古来より「人のうわさも四十九日」であり、人が死んで四十九日喪に服すように、世間から四十九日隠れていれば噂というものはいつの間にか忘れられているものであって、昔は七十五日だったのに二十六日も短くなってるじゃんなどと思いがちであり、浄土真宗は死んだらすぐにご浄土に生まれ変わるから別に喪に服さなくてもいいじゃんなどと思い、噂の渦中にあっても大っぴらに出まくりであり、なんとなく言わんとしていることは合っているっぽいが、やっぱり間違いのようであって、死後7日ごとに裁判を受ける権利獲得とす。

(注)浄土真宗には死後7日ごとに裁判を受けるという迷信はありません。
posted by 鵜米坊食中 at 13:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月16日

原油高騰の件

盆の規制ラッシュを前にガソリンの値上げをする卸売各社よ! 投機目的で原油の価格を吊り上げる投資家たちよ! 中東で紛争を起こしてばかりいる各国よ! 自分の儲けばかり考えず、万人を幸福にすることを考えよ。

石油にドップリ依存しておる米の国や、石油のほとんどを輸入に頼っている日の本にとって、原油が高騰するということは即生活に影響してくる。今でもガソリン代が高騰しておるし、今にトイレットペーパーティッシュなども値上がりしてくるであろう。

本山でもそれを憂慮し、今から対策を考えておる。拙僧は料理で使用したてんぷら油を軽油に似た油に転換し、トラックの燃料に使用しておる。わが尊敬する老師などは、昔を思い出し松やにから燃料を作っておる始末。すぐにエンジンが焼きついてしまう上、リッター100メートルの夢のような次世代燃料である。

わが国も米の国ほどではないが、かなり石油の依存度が高い。そろそろここらで次世代燃料の研究を本格化すべきではなかろうか。すでに某元織機製造会社が一部実用化に漕ぎ着けておるし、各自動車メーカーでも研究が進んでおる。我が愛すべき元東洋工業も水素燃料を実験しておるようである。できるだけ燃料は自国で賄いたいものである。

そうはいっても、石油は便利であり、次世代燃料も大量に生産するのはまだまだ時間がかかる。その間はどうしても産油国の言いなりにならねばならぬ。だがしかし、次世代燃料ができた時、石油が尽きかけている産油国に高い金を払わせて技術を売り込むのである。それまではじっと我慢の子である。石油輸出国機構規約に曰く、「石の上にも三年目の浮気であり、浮気性の男が結婚から三年辛抱を重ねてやっと妻の目を盗んで浮気をしたところ速攻で発覚し、妻から凄まじい追及を受けるのであって、その実、妻は結婚して数日後には浮気をしており、その時現在ですでに片手では数え切れないほどであり、結局知らぬは亭主ばかりなりであって、全くもって本文とつながりがなく残念賞。
posted by 鵜米坊食中 at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

エセ宗教教祖による強姦容疑の件

チョロリとエセ宗教に引っかかってしまう大学生たちよ! 宗教を飯のタネに変えようとたくらんでいるエセ宗教家どもよ! はっきり申して非常に不愉快である。同じ宗教に携わるものとして全くもって恥ずかしい次第である。

宗教というものは困っている者、救いを求めておる者に幸福をもたらし、安心して暮らせるように導くのがその本旨である。それを金儲けの道具にしたり、あまつさえ自分の欲望のために婦女を強姦してしまうなど言語道断である。そのようなエセ宗教家の輩こそ地獄に堕ちるであろう。

それにつけても、最高学府である大学生に限ってそういうエセ宗教にたぶらかされてしまうのが信じられぬ。なまじ学があるだけ理論的に攻めれば騙しやすいのであろうか。オウムの事件といい、今回の事件といいその傾向があるようである。普通の学業だけでなく、そういったことも教えたほうがよいのではないだろうか。

今回の事件に限らず性犯罪があるといつも思うことであるが、そういう犯罪への罰則があまりに軽すぎる。そういう犯罪は再犯率が非常に高いと聞く。それに、被害に遭った女性たちも加害者の更生など望んでおらず、極論を言えば罪の軽重を問わず死刑を望んでいるのではないだろうか。死刑はやりすぎだとしても、宮刑ぐらいは復活すべきである。そうでないと、性犯罪は減らないであろう。

まじめに宗教に取り組んでおられる方には誠に申し訳ないが、宗教というものはほどほどに信じるぐらいがよいのかも知れぬ。自分がよいと思うものだけ信じればよく、自分がよいからといって人に無理して進める必要はない。宗教は自己満足でよいのである。

古来より、「イワシの頭も信じられない」であり、節分の時ヒイラギの葉にイワシの頭を刺しておくと鬼を払うという言い伝えがあっても一切信じないものであって、代わりにとあるエセ宗教の壷をおいておくと逆に鬼を集めてしまう結果となり、翌日自宅は凄惨な惨状になっているものであり、やっぱり宗教は信じないほうがいいなという結論となるのであって、比較的言いたいことは合っており、爽快な気分とす。
posted by 鵜米坊食中 at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 犯罪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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